ハロウィン楽しかったですね。
すでにバレンタインを凌ぐ経済効果だとか。
たしかに、色恋抜きで老若男女楽しもうと思えば楽しめるから、幼稚園や学校でも取り入れやすく広がりやすい。
何より、夏の終わりの絶望に「これからわたしはなにを生きがいにすればいいの?」と嘆く流浪の民をタイミング良くレスキューしてくれる神イベント。盛り上がらないはずがない。
さ、次はクリスマスですよ皆さん。
冬はなにかと忙しいなあ。
母が教えてくれた言葉の中で、とても影響を受けた言葉があります。
それは、「どんな物にも必ず美味しい部分がある。そこを探すように食べるのよ」という言葉。
小さい頃、しいたけが苦手でしいたけの入ったものを食べないわたしに何度もそう話していました。
大きくなるにつれて、しいたけもクリアしたし、ヤギのチーズとか豆腐ようとか鯖のへしことか、クセの強い食べ物も、
「美味しいところはどこだ?」
と、初見からポジティブに対峙することができて、ワインや泡盛や日本酒を一層美味しくいただくことができるようになったのもこの言葉のおかげ。
「お母さん、お陰で立派な酒飲みになれました。ほんとにありがとう!」と、気持ちが高ぶって着地点を間違えるくらい母には感謝しています。
この「美味しいところはどこだ?」という発想は、食べ物にとどまらず、生きていく上ですべてのカテゴリーにあてはまる金言でもあると思います。
人間関係でもそう。
「うわー。なんか苦手だなー」とか「考え方が違うなー」と思っても、人って多面的なものだから、必ず好きになれるところがあると確信しています。
あんな一言言われて嫌だったな、と思うようなことがあっても、「でもそういう率直なところが魅力だったりするのよね」って、発想を転換できることもある。大抵のイヤなことは3日で忘れます。
度を超したら忘れないけどね。
割と人に対するキャパは広いのかもしれません。
でもほんと、これは楽しく生きる上で有効なライフハックです。
苦味のあるピーマンも「むむ?」と探していくと甘みがある。
クセのある匂いのマトンもカレーのスパイスと混ざるといい風味になる。
登山でも、99パーセント辛いけど登頂したときの一瞬の最高の気持ちがあるからやめられない(※登山なんか一回もしたことない個人のイメージです)。
しいたけも。たったひとかけらのしいたけが入っているからって、本当に美味しい茶碗蒸しを全部食べないのかって話にもなるわけですよ。
しいたけなんてとりあえず無視して他のうまいもんを楽しめばいいじゃん。
そうやって茶碗蒸しを食べているうちに、しいたけってすごく美味しいって思うかもしれませんし。
思わぬ方に転がって前より楽しみが増えるかもしれません。
何にでもいいところがある。それがどこかを見つけるためにこの世に生きている。
そんな風に思うと、人生楽しくなるような気がします。
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